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獄中日記

まだ捕まってません

結城友奈は勇者だった

結城友奈は勇者であった。

 

 

関係ないけど結城友奈がGoogleIMEじゃ一発で出ないので辞書登録した。

まるでファンだ。

 

僕はアニメを観ない。周囲の人間たちが騒いでいなければ、このアニメを見ることも無かっただろう。

そして今季最後まで見た唯一のアニメであるこの作品の最終回を見て、僕はアニメを見るオタクという一般解に対して相応しくない人間であることが分かった。

 

僕の観測範囲の中で「結城友奈は勇者である」の評価はまさに二分された。曰く、

「おめでとうありがとう」

「今期最大のクソアニメ」

「本当に良かった」

「何も言えねえ」

「批判する奴は人間の心を持たないサイコパス

「これがいいって言ってる奴ドラマぬーべーも面白がってそう」

などである。

せっかくなので観測範囲を広げてみると、「これは実質○○ですね…」という意見も散見された。この人たちはだいたい何を見ても○○(ここには好きなアニメの名前が入る)と言っている気もするが、まあ数あるアニメの一つ、という見解が多い。

でも僕にとってはそうではない。なんたってただひとつの鑑賞作品(実在性は名誉の除外とする)なのである。ここから下はネタバレを含む。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結城友奈は勇者だった。最終話における結城友奈はまさに勇者であり、完全に僕の理解の範疇を逸脱した。あまりに彼女は勇者だった。

勇者は人民から理解されない。彼女はあまりに勇気があり過ぎたし、自分と仲間を、そして世界を信じすぎていた。僕は悲しいことに、彼女に対して狂っているという感情しか持てなかった。

東郷さんは分かる。結城友奈と比較すれば彼女はどこまでも人間だった。11話からの流れはまあ分かるし、すべてを出しきって植物状態になった結城友奈に対してのセリフは感情を大いに揺さぶってきた。

 

それでもこのアニメは僕にとってあまり愉快なものではなかった。

僕は人間なので、体の機能を失っていく彼女たちを見ていると「ああ気の毒に。助かるといいなあ」とは無論思う。最終的に開放された5人を(結城友奈はちょっと微妙だが)見ての感情は「ああ、良かった」だったのは間違いない。

しかし感情以外の僕は、この作品に対して「糞アニメだ」と告げていた。

僕はご都合主義が嫌いな訳ではない。死ぬほどwebノベルを読んできた僕が言っていいセリフではとてもないからだ。それでも、このラストは許せなかった。

何故かはうまく説明できない。多分この作品は色々なものが足りなかった。説明もそうだし、台詞回しや日常回も、必要なものがなんだか足りてないのに余計なものが多いと思った。

勇者部は開放されて、もとの日常に戻っていく(繰り返すが結城友奈は知らない)それをクソだと言う訳ではない。でも一つのアニメとしてはクソだった。ここまでの展開を何もかも無にしていて、バカにされたと感じた。結城友奈は最期まで理解できないサイコパスだった。二度と見ることはないだろう。

辛いのが苦手なのに美味しいと評判の麻婆豆腐を食べたら死ぬほど辛くて、美味しいかも?と思ったら辛すぎたから牛乳入れるねって言われた気分だ。

僕だってこんなエントリ書きたく無かった。結城友奈を手放しで褒めたかった。でもそれは叶わなかった。本当に悲しい。

僕は「結城友奈は勇者である」はこれ単独である程度完結して欲しかったのだと思う。後付けでこれから何かされても、きっとこの虚無の感情は消えないだろう。

 

 

 

僕には理解が及ばなかった。結城友奈はまさに勇者だった。